自動車

株式会社本田技術研究所

2023.04.27

デジタル技術の活用でエンジニアの構想・共創を支援

2050年 交通事故死者ゼロの実現を目指す。(※1) この想いから、衝突安全性能設計におけるDXを推進しているのがホンダ(※2) です。プログレス・テクノロジーズ(以下、PT)をパートナーに、事故発生時に乗員の保護を行う「パッシブセーフティ」の研究・開発について、エンジニアの構想を支援する手法を開発しました。具体的なアプローチとして実験計画法とベイズ推定を利用しています。さらに、側面衝突を事例とし、乗員の傷害値分析でも自動化・最適化ソフトウェアやマクロなどを活用した解析フローを確立し、短時間での広範囲な探索を実現。この取り組みによって「考える時間」を創出し、設計者とCAEエンジニア、安全設計者のさらなる共創ができるようになりました。今後は正面衝突などにも、DXを拡大していくことが視野に入っています。

APPROACH

目指すべき評価指標が異なっていたため実現が難しかったエンジニア同士の共創

移動手段の1つだった自動車を、人にとっての「真のパートナー」にする。このような変革が、自動車業界で急速に進みつつあります。その一方で、古くから存在する「安全性の確保」という取り組みでは、新たな課題に直面しています。自動車のシステムが複雑化することで、安全性の検証や最適な設計を行うために、膨大な工数がかかるようになりました。この課題を解決するべく、DXによる技術と意識の改革を推進しているのがホンダです。

「WHOのレポート(※3) によれば、2018年の時点で年間の交通事故死は135万人に上っています」と引用するのは、株式会社本田技術研究所(以下、本田技術研究所)先進技術研究所でダイナミクスドメインのチーフエンジニアを務める長谷川厚氏です。ホンダは「ホンダの二輪車・四輪車が関与する交通事故死者ゼロを目指している(※1)」のだと語ります。「ホンダには従来から、発想、原理・理論、経験を活かし、“ワイガヤ” でものづくりを続けてきたという強みと実績がありますが、安全性を徹底するには最先端技術の活用も重要になります。これらを融合し、新たな価値につなげていくために、DXを推進しています」

自動車の安全性能は、大きく分けて2つの領域があります。各種センサーなどを活用し事故を未然に防ぐことを目的とした「アクティブセーフティ」と、万一の衝突事故の際に乗員の保護を行う「パッシブセーフティ」です。今回はパッシブセーフティ領域で取り組んだDXの具体事例を紹介します。

「衝突安全の性能開発は、大きく3分野のエンジニアが関与しています」と説明するのは、本田技研工業株式会社(以下、本田技研工業)四輪事業本部で衝突安全開発課のアシスタントチーフエンジニアを務める西田拓郎氏です。まず人体を模擬したダミー人形の 各計測部位に対し傷害値目標を定めた上で、安全設計者がエアバックなどの乗員保護デバイスの目標荷重特性及び車体侵入量目標と割付を実施。その後、各部品の設計者とCAEエンジニアが、割り付けられた目標値を達成できるように取り組みます。

「安全設計者は荷重や変位、設計者は寸法・重量・コスト、CAEエンジニアは強度や車体構造というように、それぞれ異なる単位を専門に取り組んでいます。専門領域を横断し、共創の質をさらに向上させるため、異なる単位を『デジタル化したロジック』でつなぐことを考えました」(西田氏)
 

実験計画法とベイズ推定を組み合わせた 支援技術で計算時間を大幅に削減

このコンセプトを実現するために着目したのが、デジタル技術の活用です。パラメトリックモデリングや実験計画法、ベイズ推定などを活用することで、大規模モデルを用いたシミュレーションのトライ&エラーを繰り返すのではなく、本当に必要な計算は何かを見極めることで、「トライ&サクセス」を実現しようと考えたのです。また各エンジニアの知見・経験を取り込み、短時間でより良いものを見つけ、さらにそれを高める施策を打つことも目指されました。

「このような支援技術を導入したいという想いは、2013年頃から抱いていましたが、なかなか実現することはできませんでした」と振り返るのは、本田技術研究所 先進技術研究所で次世代電動車研究ドメインのアシスタントチーフエンジニアを務める藤井隆之氏です。その後、長谷川氏と出会うことで、衝突シミュレーションに支援技術を取り入れる動きが始まったのだといいます。「しかし、複雑な開発環境の中で個々のツールをつなげてシステムへと進化させるのは難しいと感じていました」(藤井氏)

実際にPTの技術者と会話した際には、真剣に相手の話を聞く企業文化に感銘を受けたと藤井氏は話します。「PTの技術者は、わからないことを素直に聞き、相手の課題を徹底的に理解しようとする人が多いと感じました」そこで長谷川氏と藤井氏はPTをパートナーとし、2018年から協議を進め、その翌年、最初の支援技術のプロジェクトを開始します。

まず設計データから3次元のパラメトリックモデルを自動生成することで、1モデルを作成する工数を約80%削減。その上で、実験計画法にもとづいて各種パラメーターを変化させながらCAEによる計算を行い、設計値と性能の分布を作成します。「具体的には、実際のシミュレーションを18通り実施し、その結果をもとに実験計画法の考え方によって、4,374通りのシミュレーションに拡張しています」と藤井氏は語ります。さらに、その結果すべてにベイズ推定によるOK/NGの確率を付与し、エンジニアの構想を達成できる設計値を見つけ出していくのだと説明します。

これによって、本来、膨大な計算時間が必要となる大規模な検討データを、少ない計算から短時間で生成。計算時間を大幅に短縮することで、各分野のエンジニアが同じデータ分布を見ながら、それぞれの知見・経験・信念にもとづくアイディアを出し合い、納得のいく設計値と性能を見出しやすくなりました。
 

短時間で計算結果が得られることでエンジニア同士の共創が容易に

さらに衝突安全性能評価の前提として不可欠となる、車体侵入量に対する傷害値分析でも、デジタル技術を活用した自動化を進めました。

「これまでは、車体侵入速度の条件ごとに乗員の傷害値を確認し、表計算ツールで集計・分析を行うことで、許容できる車体侵入量を見出すという作業を行っていました」と振り返るのは、本田技研工業 四輪事業本部で衝突安全開発課のスタッフエンジニアを務める岸田健吾氏です。また傷害値の計算も、頭部、胸部、腰部と複数箇所で行う必要があり、その計算・集計に膨大な時間がかかっていたため、1つひとつの数値を追うのが精一杯だったと言います。

この問題を解決するため、解析プロセスを自動化するソフトウェアやマクロを活用しました。さらに、自動化・最適化ソフトウェアを使用したフローも構築します。これによって、10,000パターンの検討案を最短1時間で生成可能になりました。

車体侵入量に対する傷害値分析ツールの自動化。

「いまでは短時間で結果が得られるため、プロットグラフを見ながら設計者やCAEエンジニアと会話する時間が取れるようになりました」と岸田氏は効果を語ります。

これら一連の取り組みについて、理論と理論、人と人、経験とデータがつながっていき、時間価値を高めることも可能になりました」と長谷川氏は語ります。「以前は作業に大半の時間が費やされていましたが、今では考える時間と共創の時間が大幅に増えています。またエンジニアの考え方も、現状をどう改善するかという思考から、未来を想定したイノベーション思考へと変わりつつあります」(長谷川氏)
 

期待以上の提案をしてくれたPT 今後はDXの適用領域をさらに拡大

すでにホンダでは、創業から長年にわたって続けられてきた「衝突安全」への真摯な取り組みによって、「ヴェゼル」や「フィット」で自動車安全性能「ファイブスター」を獲得しています。今回紹介した取り組みは、今後もファイブスターを取り続けることと、さらに性能を向上させる上で重要なものであり、そのためにはPTの継続的な支援も必要になると、長谷川氏は述べています。

「ホンダは自動車開発に関するノウハウはありますが、IT技術に精通しているわけではありません。この領域の専門性をうまく補完してくれたのがPTです。PTはITツールの使い方だけではなく、私たちがうまく使えるような仕組みを作り上げ、万全のサポート体制をしいてくれました。またその効果についても、具体的かつ定量的に提示。さらに、私たちが抱えている課題も深く理解し、こちらが期待した以上の提案をしてくれました。このようなパートナーがいたからこそ、ここまでDXを進めることが可能になったのだと考えています。今後は正面衝突などの領域にも拡大していきたいと考えています」

左から プログレス・テクノロジーズ 芳賀剛彦、飯田理、本田技術研究所 藤井隆之氏、長谷川厚氏、本田技研工業株 岸田健吾氏、プログレス・テクノロジーズ 塚田誠司、本田技研工業 西田拓郎氏(右下)

※1 『HONDA サステナビリティレポート2022』 P.82「安全 基本的な考え方」
https://www.honda.co.jp/sustainability/report/pdf/2022/Honda-SR-2022-jp-079-095.pdf


※2 本事例における「ホンダ」は本田技研工業株式会社および株式会社本田技術研究所のことを指す


※3 「Global status report on road safety 2018」
https://www.who.int/publications/i/item/9789241565684



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